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スーツ


 
昔,私の父は紡績会社に勤めていて,羊毛から服地を作る部門にいた。整理という,織りあがった服地を仕上げる工程を仕事としており,羊(羊毛)で一生食ってきたと言ったことがあった。子供のときは,ウールで「てかり」が出たらどうすれば消えるかと聞いたら,対策はないと答えたことを覚えている。また,仕事の話が聞こえてきたときに,ミユキ毛織や大同毛織,などの同業者やグループ内の会社の名前が出てきたこともあった。そして,自分のスーツは手入れはするものの,クリーニングにはあまり出さなかったことが印象に残っている。
 
自分が社会人になってスーツを作るようになると,最初は御幸(ミユキ)毛織などの国産服地で作った。若くて稼ぎは少なかったが,手入れをして丁寧に着ることで,長持ちさせて元をとる方針をとったためと,昔聞いた紡績会社の服地をものにするという,一種の征服感を味わいたかったためである。その後,英国製の服地が素朴でざっくりとしたした感触であることを知り,自分の性分に合うのを感じた。しかも,打ち込みがしっかりしていて長持ちすることが分かってから,英国製の服地でスーツを作り続けてきた。とりわけ,英国でもウエストヨークシャー州のハダースフィールドという地域のミル(服地メーカー)のものが,質実剛健な雰囲気で好みである。ハダースフィールドのミルは,どこも昔ながらの製法と品質管理にこだわっているそうだが,タグのデザインも昔ながらである。
 
スーツのスタイルも,ブリティッシュが好みである。スーツのスタイルには,中庸なインターナショナル,肩パッドなどを省いて軽くてふんわりとしたイタリアン,腰まわりの絞りが緩くボタンダウンのシャツと組み合わせることが多いアメトラ,がある。これに対しブリティッシュは,胸からウエストにかけての絞りが特徴で,ドレープ(布のたらしたときのゆるやかなひだ)の美しさを追求しており,これが自分の好みに合うと感じたからである。また,あくまでも私個人の印象だが,ブリティッシュだと相手に信頼感を与えるように思えることも補足的な理由としてある。これにダブルカフスのシャツを合わせ,黒いストレートチップの革靴を履くのが,私の普段の格好である。
 
今は英国製の服地だけでなく,イタリア製の服地や,英国製で艶のある服地でも,スーツを作るようにしている。人生の残りを考えると,いろいろと経験しておきたいという気持ちが生まれてきたからである。特に,ナノテクノロジーによる撥水加工を加えた服地を気に入っており,通気性を損なわずに,水滴のみならず軽い汚れまでもはじくのに感心している。
 
スーツの手入れを調べていくうちに,クリーニングにはあまり出さない方が,服地の風合いを損なわないことを知るようになった。そしてウールの専門家である父が,自分のスーツをあまりクリーニングに出さなかったことに納得がいった。ウールには,撥水加工までは及ばないものの,天然の撥水性があって汚れもはじき,吸湿性が良くて静電気による汚れの発生を抑え,そしてスチームの水分と熱で繊維が復元する性質がある。そのため私も,ウールの特性に合わせてスチームやブラッシングやふき取りで手入れし,クリーニングに出す回数は最小限となるようにしている。
 

 
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